エチュードや練習曲の効果的な使い方

エチュードや練習曲は、ただ順番にこなしていくための課題ではないと思っています。

できないことや苦手なことを克服したり、これから必要になる新しい技術を身につけるための土台を作ったりするものです。

19世紀前半の練習曲には、演奏技術を系統的に身につけるための訓練としての性格が強いものが多くありました。その中でショパンは、具体的な技術課題を持ちながら、それ自体が高度な音楽作品として成り立つエチュードを書いています。

ここは、エチュードに取り組むときにも大事にしたいところです。技術を追いすぎると、音楽そのものが置いてけぼりになってしまうことがあります。

難しい動きができることや、難しい曲を吹けること自体が目的になってしまうのではなく、まず表現したい音楽があって、そのために必要な技術を身につける。技術はあくまで音楽のためにある、という前提は忘れないようにしたいと思っています。

なんとなく取り組んでも得られるものがゼロとは思いませんが、できれば「今、何のためにこの曲をやるのか」があったほうがいいと思っています。

エチュードは、目的に合わせて選ぶ

たとえば、ある指の動きが苦手なら、その動きを含むエチュードを使う。これから必要になるアーティキュレーションや音の扱いを身につけたいなら、それに合ったものを選ぶ。

同じエチュードでも、取り組む理由によって使い方は変わります。

受験を目指していて課題として指定されているなら、一曲をきちんと仕上げる必要があります。そういう場合は、取り組み方から音楽的なこと、技術的なことまでかなり細かくレッスンします。

一方で、趣味でサックスを楽しんでいる大人の方なら、苦手な動きに当てはまる部分だけ取り出したり、レッスンの中で少し一緒にやってみたりすることもあります。必ずしも宿題にして、一曲全部を仕上げてもらうわけではありません。

できれば、二重奏できる教材を使いたい

私自身は、できれば講師と生徒で二重奏の形を取れる教材を使いたいと思っています。

一人で音符を追うだけでなく、相手の音を聴きながら吹くことで、リズムや音程だけでなく、音楽の流れやフレーズの受け渡しも感じやすくなるからです。

ただ、サックスのために書かれた教材で、その形を取れるものはそれほど多くありません。そのため最近は、フルートなど別の楽器のために書かれた教材を使うこともあります。

子どもでも大人でも、エチュードを必須にはしていません。その人が今やっている曲や課題を見ながら、必要なら使う、というくらいです。

何となく何回も通すだけでは、もったいない

エチュードを練習していると、どうしても「とにかく音を鳴らすこと」に意識が向いてしまうことがあります。

でも、そのエチュードが何を狙って書かれたものなのかを意識しないまま、何となく何回も最初から最後まで通していると、せっかくの教材を十分に使えていないことがあります。

ミスをするたびに最初へ戻ることや、完璧になるまで次へ進まないことも、多くの人が陥りやすいやり方だと思います。

大切なのは、今どこを練習しているのか、その部分で何をできるようにしたいのかをはっきりさせることです。

一曲全部を完成させなくてもいい

曲として魅力のあるエチュードなら、人前で演奏できるところまで仕上げるのももちろん良いと思います。

一曲を最後まで仕上げる過程から得られるものは、必要な部分だけ取り出して練習するのとは比べものにならないほど多いはずです。

ただ、それをすべてのエチュードでやる必要はないと考えています。

コンクールで演奏する、受験課題として取り組む、といった明確な目的がないのであれば、使える時間の中で優先順位をつけて、必要な要素を意識して取り組む。それだけでも十分に価値があります。

エチュードそのものを終わらせることよりも、「この練習から何を持って帰るか」。そこを考えながら使えると、練習曲はかなり役に立つ教材になると思っています。

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