録音を聴くことから考える、演奏の上達と練習の質
録音した自分の演奏を聴いて、がっかりしたことはありませんか?
自分ではなかなか良い演奏ができたと思っていたのに、録音を聴いてみると、なんだか思っていたものと違う。
気持ちよく歌わせたつもりのフレーズが意外と平坦だったり、落ち着いて演奏していたはずなのに、テンポがどんどん速くなっていたり。
自分の演奏を録音して聴き返し、がっかりした経験のある方は、きっと少なくないのではないでしょうか。
では、なぜ演奏中に感じていた音楽と、録音で聴こえてくる音楽には違いが生まれるのでしょう。
実は、この疑問について考える手がかりが、音楽心理学や脳科学の研究から見えてきています。
演奏中、私たちは実際の音だけを聴いているわけではない
楽器を演奏するとき、私たちの頭の中には、これから鳴らそうとしている音のイメージがあります。
そして実際の演奏では、そのイメージに加え、指や身体を動かす感覚、息づかい、楽器から伝わる振動など、さまざまな情報を感じ取っています。
2010年に発表されたMaidhofらの研究では、ピアニストが鍵盤を演奏しているときに、押した鍵盤とは異なる音を鳴らす実験が行われました。
その結果、予想と異なる音に対する脳の反応は、同じような音をただ聴いているときよりも大きくなりました。
つまり、演奏中の脳は、鳴った音を受け取るだけでなく、これから鳴るはずの音を予測し、実際の音と照らし合わせていると考えられます。
また、時間知覚に関する研究では、自分の動作によって生み出した音の時間間隔は、受動的に聴く場合よりも正確に判断しにくくなることが、特定の実験条件で示されています。
演奏中には一定のテンポを保っていたつもりでも、録音を聴くと速くなったり遅くなったりしていることに気づく。そんな経験とも関連がありそうです。
もちろん、録音もマイクの位置や部屋の響きによって聴こえ方が変わります。録音された音が、演奏のすべてを正確に表しているわけではありません。
それでも、演奏中とは異なる条件で自分の音楽を聴けることには、大きな意味があると思います。
自分のイメージと、実際に鳴っている音を一致させる
以前、友人のピアニストから、こんな話を聞いたことがあります。
自分が頭の中で思い描いている音楽と、実際に鳴っている音を一致させることに、とても苦労したのだそうです。
そのために、本番の演奏を録音し、後から必ず聴き返していたといいます。
特に確かめていたのは、自分が意図した音楽的な表現が、狙いどおりの効果として現れていたか。そして、想定していたテンポで演奏できていたか、ということでした。
本番の演奏中には、音楽の流れを感じながら、その瞬間の表現に集中しています。しかし、そのとき自分が感じていた音楽と、実際に聴こえていた音楽が、必ずしも一致しているとは限りません。
自分では十分に表現できたつもりでも、録音を聴くと、思ったほど変化が感じられないこともあるでしょう。
そこで、自分の意図と実際の演奏との違いを確かめ、何を変えれば思い描いた音楽に近づけるのかを考える。
そうした経験を積み重ねることが、自分のイメージを実際の音として表現する能力を育てることにつながるのではないでしょうか。
上達する人は、練習中に何をしているのか
こうした練習の質について、興味深い研究があります。
2009年、Dukeらは17人の上級ピアノ学生を対象に、難しい3小節の楽譜を練習する様子を観察し、翌日の演奏結果と比較しました。
この研究では、練習時間や反復回数と、翌日の演奏評価との間に統計的に有意な関係は認められませんでした。
一方、良い演奏結果を示した人たちには、練習方法に共通する特徴がありました。
間違いが起きたとき、その場所と原因を正確に把握すること。必要に応じて練習テンポを調整すること。そして、修正できた部分が安定して演奏できるようになるまで練習することです。
興味深いのは、優れた結果を示した人たちも、練習の最初から間違いが少なかったわけではないという点です。
違いが見られたのは、間違いが起きた後の対処でした。
もちろん、この研究だけで「練習時間は重要ではない」と結論づけることはできません。それでも、ただ繰り返すのではなく、何を修正すべきか考えながら練習することの大切さがうかがえます。
これは、初心者にも上級者にも共通することだと思います。
初めのうちは、正しい音やリズムで演奏できるようになることかもしれません。
経験を積んでいけば、音色やアーティキュレーション、フレーズの方向性、音楽的な間の取り方など、より細かな表現へと課題が変わっていきます。
求める音楽の水準は変わっても、自分の演奏をよく聴き、何を変えればよいか考えるという基本は同じなのではないでしょうか。
上達することで、聴こえ方そのものも変わっていく
さらに興味深いのは、演奏能力の発達と、音楽を聴き取る能力の関係です。
HamiltonとDukeが2020年に発表した研究では、熟達度の異なる演奏者たちに自分の練習を録音してもらい、演奏中の意図と録音から聴こえる結果が異なると感じた箇所を指摘してもらいました。
そのうちの高校生13人と熟練演奏家11人には、2年後に同じ録音を聴いてもらい、現在の自分ならどう演奏したいかという観点から、再び違いを指摘してもらいました。
すると、高校生のグループでは、以前よりも多くの違いを指摘するようになっていたのです。
これは、演奏能力の発達に伴って、音楽的な目標や、それを聴き分ける感覚も変化していく可能性を示しています。
もちろん、録音を聴く練習だけによって、その変化が生まれたと証明されたわけではありません。
それでも、演奏の上達とは、単に指が速く動くようになることや、難しい曲が演奏できるようになることだけではなさそうです。
以前は気づかなかった微妙な違いに気づけるようになる。より細やかな音楽的なイメージを持てるようになる。
そして、そのイメージを実際の音として表現するために、さらに工夫できるようになる。
音楽的な感覚と演奏技術は、互いに影響し合いながら育っていくのかもしれません。
録音を、日々の練習にどう取り入れるか
録音を活用するなら、ただ演奏して聴き返すだけでなく、少し目的を持ってみるとよいと思います。
例えば、次のような方法です。
- 演奏する前に、どんな音楽にしたいか考える。 テンポや強弱、フレーズの流れなど、まずは一つのことだけでも構いません。
- 演奏が終わったら、録音を聴く前に振り返る。 自分ではどのくらいイメージどおりに演奏できたと感じたでしょうか。
- 録音を聴いて、実際の音と比べてみる。 思っていたとおりだった部分と、違っていた部分を探します。
- 気づいたことを次の演奏で試してみる。 何を変えれば望む表現に近づくのか、一つずつ確かめていきます。
大切なのは、録音を聴いて欠点を探すことばかりに夢中にならないことです。
自分が意図した表現がうまく実現できていたなら、それも大切な発見です。何が良かったのかを知ることは、その演奏をもう一度再現するための手がかりになります。
また、録音だけが演奏を判断する方法ではありません。先生や共演者から意見をもらうこと、素晴らしい演奏を聴くこと、ほかの演奏者と一緒に音楽を作ることも、自分の感覚を育ててくれるでしょう。
録音は、その中でも一人で気軽に使える、身近な道具の一つです。
思い描いた音楽に、少しずつ近づいていく
音楽を学ぶ楽しさの一つは、以前は思うように表現できなかったことが、少しずつできるようになっていくところにあると思います。
そのためには、表現したい音楽を思い描くことと、自分が実際にどんな音を出しているのかを知ること、その両方が大切です。
自分では十分に表現できたつもりでも、録音を聴くとまだ物足りない。
そんな経験は、がっかりするものかもしれません。
けれども、その違いに気づけるということは、自分が目指している音楽があるということでもあります。
そして、違いを見つけ、考え、試しながら、少しずつ自分の演奏を変えていく。
録音を聴くことは、そんな音楽の学びを助けてくれるのではないでしょうか。
自分の思い描いた音楽が、思い描いたとおりに音になっていく。
その喜びは、楽器を始めたばかりの人にも、長年演奏を続けている人にも、きっと共通するものなのだと思います。
参考文献
- Maidhof, C., et al. (2010). Processing Expectancy Violations during Music Performance and Perception: An ERP Study. Journal of Cognitive Neuroscience, 22(10), 2401–2413.
- 箕谷啓太(2022)「なぜ自分の演奏は録音だと下手に聴こえるのか?」『基礎心理学研究』41(1), 59–62.
- Duke, R. A., Simmons, A. L., & Cash, C. D. (2009). It’s Not How Much; It’s How: Characteristics of Practice Behavior and Retention of Performance Skills. Journal of Research in Music Education, 56(4), 310–321.
- Hamilton, L. M., & Duke, R. A. (2020). Changes in Perception Accompany the Development of Music Performance Skills. Journal of Research in Music Education, 68(2), 175–192.
